2011年8月7日 西福岡教会説教       中川憲次

 

 

説教題     「嵐の直中で」  

 

 

 

 

聖書箇所

   マタイによる福音書 第8章23節―27

イエスが舟に乗り込まれると、弟子達も従った。そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。イエスは眠っておられた。 弟子たちは、近寄って起こし、「主よ助けてください。おぼれそうです。」と言った。 イエスは言われた。 「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。 人々は驚いて、「一体、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。

 

 

 

 

 ちょうど本日の聖書の箇所をテキストにしたルターの説教があります。少し引用してみます。 曰く、

「私たちは、いつも危険の中で振りまわされることを必要とするのである。だから自分の危険を感じ取る者は幸いであり、何も感じ取ることのない者は不幸である。」

  ルターの説教をそのままここでお読みしても、きっと皆様の信仰の養いになると思います。しかし、それでは私はただの代読者になってしまいます。そこで、私がこの箇所を読んで与えられました言葉を語らせていただきます。

 ところで、私は大学院の修士論文をアンブロシウスという人の讃美歌を研究して書きました。アンブロシウスは、あのアウグスティヌスに洗礼を授けた人としても有名です。彼は、文字の読めない信徒の信仰の養いのために讃美歌を作りました。現在、確実に彼の作品だとされる讃美歌は4つだといわれています。その讃美歌第14節に本日の聖書の箇所が出てまいります。1節から4節までをご紹介しましょう。

1

万物の永遠の造り主よ 夜と昼を支配するものよ

あなたは時に変化を与え  退屈を和らげる

2

やがて日の出の使者が鳴く 深い夜を見張り続ける

旅する者の夜の光  夜から夜を分かちつつ

3

目覚めの明けの明星は 天を暗黒からときはなつ

全ての迷う人々は わざわいの道をすてさる

そして4節です。

「この船乗りは力をふるいおこし 波たかい海はなぐ ( pontique mitescunt freta,

教会の岩そのものが この鳴き声で罪をきよめた 」

 この4節の前半2行が本日の聖書の箇所を歌い込んでおります。ここを「この船乗りは力をふるいおこし/波たかい海はなぐ」としたところに、すでにしてこの聖書の箇所に対するアンブロシウスの解釈が前提されています。すなわち、弟子たちが乗っていた湖に浮かぶ舟は、教会を表し、イエス・キリストはその教会という舟をこぎ進めてくださる船乗りだということです。そして、「ポンティクエ ミテスクント フレタ」、すなわち「波は凪ぐ」のです。この讃美歌を歌いながら、アンブロシウスが牧した紀元300年代後半のミラノの教会の字の読めない信徒たちは、しかし活き活きと本日の聖書の箇所のイエス・キリストのお働きを感じ取ったことでしょう。

 それにしても、

「この船乗りは力をふるいおこし/波たかい海はなぐ 」

とは、何と適切に過不足なくこの聖書の箇所を2行で言い切ったことでしょうか。それでは、私も、イエス・キリストを私たちの福岡女学院教会という舟を漕ぎ進めてくださる船乗りと考えて、この説教を進めてまいります。

 さて、人生は言わずもがな、試練に満ちています。試練とは何でしょうか。ルターは大変試練を重んじた人です。ルターは「ドイツ語著作全集第1巻への序文」の中でルターの勉強法ともいうべきものを書いております。それは野口悠紀雄の超勉強法など足もとにもよらぬ素晴らしい勉強法です。ルターはその冒頭で、「神学研究の正しいあり方と方法とを示したい」として、次の三つの原則を示します。それは、「祈り」(オラティオ)、「黙想」(メディタティオ)、そして「試練」(テンタティオ)である、と言うのです。

 勉強を始めるときは、これから学ぶ内容をよく学び取りうるように、「神が聖霊を送り、あなたを照らし、導き、理解を与えてくださるようにと祈るがよい」と申します。

 次に、黙想についてルターは申します。「あなたは黙想すべきである。すなわち、あなたは聖書を単に心の中で繰り返すだけでなく、口に出して、聖書の文字通りの言葉に従ってこれをいつも繰り返し、これに習熟し、一読、再読し、聖霊が言おうとすることに熱心な注意と考察を向けるべきである。これにあきて、一度も二度もすでに充分に読んだし、聞いたし、語った、なんでも根底から分かっているのだなどと考えないように、注意しなさい」。

 そして、いよいよ最後に試練が大切だとルターは申します。「試練こそ試金石である。試練は知り、理解することをあなたに教えるばかりでなく、神の言葉がすべての知恵にまさる知恵としていかに正しく、いかに真実で、いかに甘く、いかに愛すべく、いかに慰めにみちているかを経験することをも教える」。試練はラテン語でテンタティオと申します。このテンタチオというラテン語は、シェイクスピアの戯曲の題名テンペストに繋がるラテン語です。テンペストは「嵐」と訳されます。試練とは、まさに人生の嵐のことです。ルターは、その人生の嵐こそが私たちの学びを決定的に仕上げてくれると言うのです。例えば私がガンを宣告されたとき、私のこれまで学んできた神学が本物かどうかが試されます。その意味で、ガンは私にとって試金石です。私は聖書を教え説教してまいりました。しかし教えることは出来ても、その学んだことによって私が本当に生かされているかどうかは、ガンを宣告されたとき判明します。あるいは、それまでの学びが上っ面のものであったなら、ガンを宣告されて絶望の淵に立たされたとき、私の聖書の学びは決定的に深められるでしょう。そのように、私の学びにとって、試練は不可欠なほどに大切なものです。

 ところで、試練に対しては、いくら周到を期しても、準備することの出来ないものです。その点、祈りも黙想も、私が努力すれば出来るものです。しかし、試練は神が与えてくださるものです。だからこそ、主の祈りで「試みに合わせないでください」と祈りつつも、私たちはその正に与えてほしくない試練をこそ、神様が与えてくださる時、それは実に喜ぶべきことだと言わなければなりません。

 では、試練と何でしょうか。試練とは私たちの人生の舟の船乗りなるイエス・キリストに眠っていただくことです。親が元気で何でも整えて自分の人生に配慮してくれている内は子どもは親の有難味が分かりません。クリスチャンも、イエス・キリストが起きて働いて自分を守ってくださっている間は、その有難味が分かりません。そのご配慮を、当たり前くらいに思っています。しかし、イエス・キリストが私たちへの配慮を忘れ眠っておられるように見えたとき、私たちは慌てふためいて、「イエス様、おぼれそうです。助けてください」と叫びます。イエス・キリストが眠ってくださるという試練は、そのように私たちの心の底からの叫び声を呼び覚まします。心の底からの叫び声こそ、信仰の声に他なりません。

 弟子にしてください 我が主よ 我が主よ

 弟子にしてください 我が主よ

 心の 底まで 弟子にしてください  我が主よ

 これは少し前の説教でも歌った黒人霊歌です。まぎれもなく黒人霊歌でした。どこが、まぎれもなかったのでしょうか。それは、「心の底まで」というところでした。英語でin my heart, in my heartというところでした。これこそ、試練に次ぐ試練の直中に置かれていた黒人奴隷達の心の叫びだからでした。それは、まさに、試練が生み出した心の叫び以外の何ものでもありませんでした。

 ここで、その黒人の市民権獲得のための公民権運動に、文字通り命をかけたマーティン・ルーサー・キング牧師の試練の極みの言葉を読んでみたいと存知ます。ジェームズ・コーンという黒人神学者が書いた『夢か悪夢か・キング牧師とマルコムX』という書物の第5章「われわれは白人兄弟を愛さねばならない」から引用いたします。これは1956127日、キング牧師27歳の時の体験だと言います。丁度その頃、キング牧師は、ローザ・パークス事件に端を発したバスボイコット運動に関係していました。ローザ・パークス事件というのは、アラバマ州モンゴメリー市で百貨店のお針子をしていたローザ・パークスという黒人女性が、後からバスに乗ってきた白人のために座席を空けるように強要され、それを拒否したために逮捕されたという事件です。この逮捕を聞いたキング牧師は立ち上がり、その頃行った演説の中で次のように言っています。

「ローザ・パークス夫人は、すばらしい人です。そして、あの事件が起こった時から、私はそれがパークス夫人のような人に起こったことを喜んでいます。なぜなら、誰も彼女の計り知れないほどの完全さを疑うことができないからです。誰も彼女の高潔な人格を疑うことはできません。誰も彼女のクリスチャンとしての責任感の深さと、イエスの教えに対する献身の深さを疑うことはできません。」

 このような演説を行ったキング牧師が、人種差別的な白人からどのように見られていたかは、想像に難くないでしょう。その頃のある夜キング牧師は一本の電話を受け取ります。では、先程申した書物から引用致します。

「深夜を少し過ぎた頃、バスボイコット運動の運営委員会から帰宅したばかりのキングは呼び鈴と聞いた。「ニガー(黒んぼ)」とその声は言った。「俺達はお前やお前達のごたごたにはうんざりしてるんだ。もしお前が三日の内にこの町から出て行かなかったら、俺達はお前の頭をぶち抜くぞ。お前の家も爆破するぞ」。それまでにも彼は同じような脅迫電話を何度も、あるときには日に40回も、受けていた。しかし、なぜか今回の電話は彼を震え上がらせて、眠ることを妨げた。彼は「コーヒーでも飲めば気が楽になるかもしれないと考えながら」キッチンに行った。」

 そして、そのキッチンで決定的な体験をキング牧師はいたします。曰く、

「何ものかが私に語りかけた。お前は今父親に頼ることはできない。彼はアトランタにいる。170マイルも離れている。お前はあの何ものかに、お前の父親がかつて話してくれたあのお方に、道亡きところに道をお作りになることのできるあのお方に頼らなければならない。そこで私は、宗教は私にとってリアルなものでなければならない。そして私は自分自身で神を知らねばならないことを、発見した。私はコーヒーカップの上につっぷした」。

 この体験をキング牧師は後に「キッチンでのヴィジョン」と呼んだと言います。このとき正に、キング牧師は彼の人生の舟で寝ておられる船乗りなるイエス・キリストに向かって、「主よ助けてください。おぼれそうです。」と言ったのです彼は嵐の直中で、イエス・キリストを発見したのです。

 私たちの人生の舟においても、イエス・キリストがお眠りくださることがあるにちがいありません。私の肩書きも、地位も、経験も、何もかも役に立たないようなときが、きっとあるに違いありません。そのような時こそ、私たちの人生の舟の船乗りイエス・キリストが眠っておられる時です。そんな時、私たちは自分の薄い信仰を思い知らされるでしょう。薄い信仰とは、どんな信仰でしょうか。それは多分、信仰ともいえない生活態度のことでしょう。聖書にはこう書いてあるけれども、そこはそれ常識で判断して行動しましょう、などというのが、いわば、「薄い信仰」でしょう。それは、本音と建前を使い分ける生き方とも言えるでしょう。それは、クリスチャンと称しながら、その実イエス・キリストに何の信頼も置いていない生き方でしょう。それは、心の底まで弟子にしてくださいという信仰の、対極に位置する生き方でしょう。

 さて実は、私たちはきっと今、人生の嵐の直中にあるはずです。今このときこそが、肩書きも、地位も、財産も、経験も、何もかも役に立たない、人生の嵐の直中です。今日こそ、変な策略など弄することなく、眠っておられるイエス・キリストに気づいて、心の底から「主よ助けてください。おぼれそうです。」と叫ぶことしか、私たちに道は残されていません。 

 

祈り 神様、私たちをして、イエス・キリストが眠っておられることに気づかせてください。そして、「助けてください」と心の底から叫ばせてください。この祈り、主イエス・キリストの御名によって御前におささげ致します。アーメン。

 

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2011821日 西福岡教会説教         中川憲次

 

     説教題  「イエスと悪霊」

 

 

 

 

聖書箇所 

 マタイによる福音書828節―34

「イエスが向こう岸のガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。 突然、彼らは叫んだ。『神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。』 はるかかなたで多くの豚の群れがえさをあさっていた。そこで、悪霊どもはイエスに、『我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ』と願った。イエスが、『行け』と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。豚飼いたちは逃げ出し、町に行って、悪霊に取りつかれた者のことなど一切を知らせた。すると、町中の者がイエスに会おうとしてやって来た。そして、イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った。」

 

 

 

 ある年の正月に、中国からの留学生だった卒業生から年賀状をもらいました。年賀状には豚の絵が書いてありました。その豚の意味するところは、富裕なる幸福ということだそうです。特にその年は60年に一度の特別に幸運な豚年だったのです。豚が富裕の象徴であるのは、何も中国や韓国に限ったことではありません。本日、私たちが読もうとしている「ガダラの豚」のお話においても、豚は富裕そのものを表しています。

 さて、豚飼いたちが町に行って、悪霊に取りつかれた者のことなど一切を町の人々に知らせた時、どうしてこの町中の人々は悪霊に取り付かれた人を救った「イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った」のでしょうか。それは、多分、町の人々にとって悪霊に取り付かれた人が救われることなどどうでもよくて、それより何より問題なのは自分たちが豚を失うという大損をすることだったということでしょう。そして、この町中の人々こそ、この場の私たちのほとんどすべてのことではないでしょうか。しかし、私たちはイエス・キリストに「出て行ってもらいたい」などと言っておれほど大丈夫でしょうか。

 実は、私たちこそ、むしろガダラの悪霊に取り付かれた二人の人の一人ではないでしょうか。少なくとも私にはそう思えます。私は私に取り付きがちな悪霊に、何とかして出て行ってもらわねばなりません。

 あの豚の絵を書いた年賀状を教え子からもらった年の正月のニュースに悲惨なものがありました。自分が無能だと妹からなじられて、狂ったようになって妹を殺し、その死体をばらばらに切り離した21歳の予備校生の事件は皆様も覚えておられるのではないでしょうか。彼は歯医者の息子でした。あの妹さんは言ってはならないことを言ってしまったのかもしれません。皆様はあの事件の報道に接して、他人事と思われたでしょうか。正直申して、私には他人事とは思えませんでした。もしあの予備校生が悪霊に取りつかれた者だと言うとしたら、私もまた同じように悪霊に取りつかれた者だと告白せざるを得ません。川端康成か誰かの、次のような言葉を思いだします。曰く、「生きている人間ほど恐ろしいものはない。次の瞬間、何をしでかすかわたらないからだ。その点、歴史上の人物はもう死んでしまっているからその人について安心して書くことができる」。もしこの言葉を言ったのが川端康成だとしたら、この言葉通り、康成自身がガス管を加えて自殺して私たちを驚かせました。しかし、もし私の思い違いだったらお許しください。ともかく、確かに人間が次の瞬間、何をしでかすか分からないというのは、一面の真理でしょう。そして、何をしでかすか分からない人間は、本日のテキストのガダラの悪霊に取りつかれた人間です。だからこそ、そのような人間の最たるものである私は常にイエス・キリストに縋りつき、私に取りついている悪霊を豚の中にぶち込んでいただけるなら、それはこの上ない幸いです。そこにしか、私の救いはありません。

 それにしても、私の救いのためには何と大いなる犠牲が必要なことでしょうか。もう一度本日のテキストを読んでください。たった二人の者に取りついた悪霊を追い出すために、「多くの豚の群れ」が水の中で死ぬ必要があったのです。マルコによる福音書の並行記事では豚の数は2000匹ほどだったと言います。しかし、たとえそのような損失を豚を飼っている人々に与えようとも、私はイエス・キリストに救っていただかないわけには参りません。豚を飼っている人々には本当に申し訳ありませんが、私は救われたいのです。あの妹を切り刻んだ予備校生は、この社会がどんな犠牲を払っても救わねばなりません。彼が救われなくてよいはずがありません。では、彼に取りついた現代の悪霊を、イエス・キリストはこの現代日本のどんな豚に入れて滅ぼしたまうのでしょうか。私は、その悪霊の最たるものは、たとえば「学歴偏重主義」ではないかと思います。そして現代の豚とは「学歴偏重主義社会」ではないかと思います。私は最近、197511月号の『太陽』という雑誌を読み返してみました。その中に筒井康隆という作家が「学歴偏重時代」と題した一文を書いていました。その冒頭に曰く、

「ある作家が日本一の大新聞、すなわち朝日新聞の記者と一緒に旅行をした。車中たまたま作家が記者に訪ねた。『あなたは出身校はどこですか』。そう言ったとたん、その若い記者は色をなしたという。『東大に決まっているじゃありませんか』というのである。・・・。朝日新聞社にこういった若い記者がふえているということは、朝日新聞社にそういう体質があるということ以外に、日本一の大新聞社である故に世間的な常識を持たぬ東大出身者、いわば学歴偏重時代の落し子が集まってしまったともいえる。こういう連中もやっぱり被害者なのである」。

 これは36年も前の文章です。しかし、「学歴偏重主義社会」という豚はますます肥え太っています。先程も触れましたあの妹を切り刻んだ予備校生こそ、そのような学歴偏重主義社会の犠牲者に違いないでしょう。そればかりでなく、豚年に象徴される富裕第一主義社会の犠牲者だとも言えるでしょう。彼は、何としても歯医者にならなければならなかったのです。彼の家では、彼の生きる道はそれしかなかったのかもしれません。ことはあの予備校生に限りません。今こうしている間にも、学歴偏重主義や富裕第一主義という悪霊に取りつかれて苛まれている人々の「助けてくれーっ」という叫び声が聞こえてくるかのようです。

 もう一度申します。何としても今申してきたような悪霊をイエス・キリストに追い出していただかなければ、私は一日たりとも生きて行けません。私の救いのことなど何の関係もないと思っている町中の人々は「イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言」うかもしれませんが、私はイエス・キリストにこの町から出て行ってもらっては困ります。私は、この町にいつもイエス・キリストに留まり続けていただきたいのです。何故なら、この町には悪霊が満ち満ちているからです。

 では、私やあなたに取りついている悪霊が出て行くと、私やあなたはどうなるのでしょうか。悪霊が出ていった世界の一端を示してくれていると思われる詩をご紹介致します。木山捷平という詩人で作家であった方の詩です。この人について、ある百科事典には次のようにあります。「木山捷平(きやま しょうへい)、1904326日生まれ。 1968823日没。岡山県小田郡新山村(現在の笠岡市)出身の小説家、詩人。私小説の代表的作家の一人である。短編小説を得意とした」。さらにこの百科事典には、この作家が太宰治や井伏鱒二と交わりのあった人で、芥川賞や直木賞の候補に何度もなったということなどが紹介されています。その木山 捷平(きやま しょうへい)に恐ろしいタイトルの詩集があります。1931年に出版された彼の二冊目の詩集で、『メクラとチンバ(原作のまま)』と題されていました。現代では、とてもつけることのできないタイトルです。そこでお断りするのですが、これは1904年の木山捷平が紛れも無く書いた詩集でありまして、歴史的に重要と思いますので問題はもちろんありますが、それを承知で「メクラ」とか「チンバ」という言葉を、そのままにしてご紹介させていただきます。詩集の題と同じ題の詩をご紹介します。

「メクラとチンバ(原作のまま)」 木山捷平 (以下、メクラ、及びチンバという言葉が出てくる時は全て「原作のまま」です)

「お咲はチンバだった/ チンバでも/ 尻をはしょって桑の葉を摘んだり /泥だらけになって田の草を取ったりした。

  二十七の秋/ひょっくり嫁入先が見つかった。

  お咲はチンバをひきひき/ 但馬から丹後へーー /岩屋峠を越えてお嫁に行った。

  丹後の宮津では /メクラの男が待ってゐた。 /男は三十八だった。

  どちらも貧乏な生ひ立ちだつた。 /二人はかたく抱き合ってねた。」

 ここには、「学歴偏重主義」や「富裕第一主義」という悪霊から開放されている人の姿があります。この詩は、愛し合って「かたく抱き合ってね」ることができる幸いは、学歴や富裕とは何の関係もないということを教えてくれています。ここには、学歴偏重主義や富裕第一主義という現代の代表的な悪霊から自由な世界があると言えるでしょう。

 

祈り 神様、私達に取り付いている現代の悪霊を現代の豚の群れに入らせて、溺れ死なせて、私達を救ってください。この祈り、主イエス・キリストのみ名によって御前にお捧げ致します。アーメン。

 

 

2011年8月21日 西福岡教会説教「イエスと悪霊」.pdf
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2011年8月28 日 西福岡教会説教         中川憲次 


   説教題  「『悪い思い』とは? 」 




         聖書箇所 マタイによる福音書9章1節―8節 「(1)イエスは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰って来られた。(2)すると、人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来た。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される』と言われた。(3)ところが、律法学者の中に、『この男は神を冒涜している』と思う者がいた。(4)イエスは、彼らの考えを見抜いて言われた。『なぜ、心の中で悪いことを考えているのか。(5)《あなたの罪は赦される》と言うのと、《起きて歩け》と言うのと、どちらが易しいか。(6)人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。』そして、中風の人に、『起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい』と言われた。(7)その人は起き上がり、家に帰って行った。(8)群衆はこれを見て恐ろしくなり、人間にこれほどの権威をゆだねられた神を賛美した。」

 


 本日のテキストの9章2節で「中風の人」と訳されている言葉は、ギリシャ語ではパラルティコスです。パラは「片側」を意味し、ルティコスは「弛緩した者」を意味しますから、合わせて「体の片側が弛緩して、半身不随になった者」というほどの意味になるでしょう。なお、この半身不随の人については、ただ「半身不随の人」とあるだけで、彼の人となりについてのそれ以上の説明はありません。彼に家族がいたのか、友人がいたのか、どんな家に住んでいたのか、生活費はどうしていたのか、何も分りません。彼は、ただ、運んでこられて、癒されるためだけに登場しています。そして、2節にはこの人が「床に寝かせたまま」つれてこられたとあります。この「床」という言葉の原語は「クリネ」という語が用いられています。「クリネ」は、ほぼ現代と同じようなベッドを意味するようです。この「クリネ」について、たとえば平凡社の『世界大百科事典』は次のように説明しています。「ギリシアのベッドは <クリネ> と呼ばれ、4本の角型の脚でフレーム(わく)を支え、頭のほうに頭架(=頭を置く台)を備えた形式です」。このようなクリネに寝かせたまま運んで来たという非常識な行為を咎めるどころか、その行為の中に、イエス・キリストは病人を連れて来た人々の信仰を発見なさいました。そして、藁布団に寝たままの半身不随の病人を、イエス・キリストに癒していただこうと運んできた人々は、この病人を病気のままにして放っておけなかった人々です。この人々と病人の関係について、聖書は何も言っていません。彼らが親しい知人同士であったとか、友人同士であったとか、そういうことは一切語られていません。ただ、人々が病人を運んできたと書いてあるだけです。ここで、私たちは想像を逞しくして、彼らは友人だったから、あるいは親戚だったから、そうしたのだろうと言うかもしれません。もし私がそう言うなら、そう言った途端に、私が友人や親戚でなければ、悲惨な病人を放っておくような人間であるということを露呈するだけのことです。むしろ私たちはここで、ルカによる福音書10章30節以下の、あの「善きサマリア人」の話を想い出すべきでしょう。あの話で、エルサレムからエリコに下っていく途中に強盗に襲われて半殺しの目にあった悲惨な被害者に対して、過剰とも思える助けの手を差し伸べたのが、あろうことか被害者に敵対する民族のサマリア人であったと、イエス・キリストは物語っていました。では敵対する民族であったのに、何故あのサマリア人は被害者を助けたのでしょうか。それについては、ただ一言、理由にもならない理由が示されていました。即ち、あのサマリア人は「その人を見て憐れに思い」、過剰とも思える助けをしたのです。本日の箇所で、病人を連れてきた人々が病人に敵対する人だったとは思えませんが、中風の人をクリネに寝かせたまま運んで来たという過剰な行為は、偏に彼らが病人を「憐れに思」ったからにちがいありません。なお、サマリア人が「憐れに思」った、あの「憐れに思う」という語は、「スプランクニゾマイ」というギリシャ語は、「はらわた」を意味する名詞から出来た動詞です。直訳すれば「はらわたする」となりますが、「はらわたがふるえるほど憐れに思う」と理解すればよいかもしれません。本日の箇所でも、人々がイエス・キリストがたくさんの病人を癒しておられるという評判を聞いて、半身不随の病人を病気のままには放っておけず、クリネに寝させたまま運んできたという一見すると非常識な行為をしてしまったのは、ただただこの病人を「はらわたがふるえるほど憐れに思」ったから、と言うほかありません。この半身不随の病人に向けられた彼らの配慮は、人波に阻まれたくらいで諦めてしまう程度のものではありませんでした。彼らはすぐに止めるような逃げ腰で、件の病人に関わったのではなかったのでした。  ところで、同じくマタイによる福音書9章2節の「その人たちの信仰を見て」という言葉の「その人たち」とは誰のことでしょうか。カルヴァンは、あの1500年代に既にマタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書を並べて読んで、イエス・キリストの言葉を比較検討した人ですが、今しがたの問題について、次のように書いています。 「『彼らの信仰』という言葉には、部分でもって全体を示す提喩法と呼ばれている比喩がある。というのは、キリストは中風を患っている人を運んで来た人々を見ておられるだけでなく、彼(=病人本人)の信仰を見ておられたのである」。人文学の教養を身につけていたカルヴァンらしく、「提喩法」などという修辞学の術語を使ってなかなか巧みな解釈です。そして、カルヴァンのような解釈をする人は現代でも少なくありませんが、私はこの解釈に断固として反対です。すなわち私は、この「その人たち=彼ら」とは、半身不随の病人をクリネに乗せたまま運んで来た人々を指すだけだと考えます。何故なら、ここではこの病人の罪が問題にされない代わりに、彼の信仰も問題にされないはずだからです。この病人は、ただ彼を助ける人々の愛の対象として登場しているだけです。ここでは、あくまでも、病人をクリネごと運んだ人々の、その正に半身不随の病人に向かった愛の配慮が、イエス・キリストによって「信仰」として認められたことがテーマです。そして、「その人たち」の一見非常識とも思える行為の中に「信仰」を発見なさったイエス・キリストは、ご自身も又、当然の如く半身不随の病人を愛しなさいました。その愛の極みが、同じく2節のこの病人に向かって発された、「子よ、あなたの罪は赦される」という言葉であり、また6節の「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」という言葉であったのです。イエス・キリストは、その場に居合わせた数人の律法学者が、半身不随で苦しんでいる病人に対して、罪があるからそのような病気になったのだと考えていたのを見抜いて、そんな罪など「赦される」と仰ったのに違いありません。ですから、イエス・キリストのこの病人に対する愛が最も強烈に現れているのは、「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」という言葉だったと言えるでしょう。それは、正に半身不随の病人の未来を開く、希望に満ちた言葉でした。  さて、本日の箇所に居合わせた数人の律法学者は、不幸な病人を放っておける人々でした。目の前に半身不随の病人が連れてこられ、その人に向かったイエス・キリストの愛が「子よ、あなたの罪は赦される」という言葉になって現れたのを、この律法学者たちは身近に聞くことができたのです。しかし彼らは、その不幸な半身不随の病人の苦しみを、イエス・キリストと心を同じくして配慮することができませんでした。それどころか、彼らは、病人を愛したイエス・キリストの粗探しをしています。確かに律法学者たちの理屈からすると、イエス・キリストは神を冒涜していることになるでしょう。彼らは一見正しいことを言っているようです。しかし彼らは、その実、半身不随の病人の苦しみなんぞ、どうでもよいとばかりに放っておける自分の残酷な本質を露呈しています。病人を運んで来た人々やイエス・キリストの愛の対極に位置して、この律法学者たちは「悪い思い」を持っていたのでした。  本日の箇所で、最も大切なことは、この中風の人の罪を赦すかどうかなどということではありませんでした。この中風の人がこれまでも、又この時現在も、いかに悲惨だったか、いかに苦しみ続けてきたかだけが、この場の唯一の問題でしょう。この人は、今や全ての人々によってその病が癒されるように祈ってもらう必要のある人だったのです。この場で、そのことのみに目を向けないこと、それこそが「悪い思い」です。この中心をずらしてはならないでしょう。この場の律法学者たちは、まことしやかな顔をして、自分たちが「悪い思い」を抱いていることなど思いもよらずに、その実きっちりその中心をずらしています。  ここで私は、バートランド・ラッセルがその自叙伝の「私は、何のために生きたか」と題された序文で書いている言葉を思い出します。曰く、「単純であるが、圧倒的に強い3つの情熱が、私の人生を支配した。それは、愛へのあこがれであり、知識の探求であり、苦しんでいる人に対する抑えがたい共感である。」  この三つの中で、愛については、彼があのT・S・エリオットの妻と愛人関係にあったなどということを思い出すと頷けるところです。第二の知識の探求については、彼の哲学的業績を一瞥しただけで言わずもがなです。私が感動するのは第3の「苦しんでいる人に対する抑えがたい共感」に彼が生涯支配されたという事実です。この言葉を読んで、私はこの哲学者に深い尊敬の念を抱かざるを得ません。彼は人々の苦しみについて序文の後半で次のように説明していました。 「常に、哀れみは地球へ私を連れてきた。苦痛の叫び声のエコーは、私の心において反響する。飢饉に苦しむ子どもたち、圧制者に苦しむ犠牲者、子どもたちに放り捨てられた老人の孤独、貧困等々、を見聞きするたびに私は苦しむ。これが私の人生であった。」  このバートランド・ラッセルの第3の情熱こそ、本日の箇所の律法学者の「悪い思い」の対極に位置する思いです。そして、それこそ、本日の箇所の病人を床に乗せたままイエス・キリストの前に運んできた人々の情熱と同じものです。何はなくてもこの情熱をこそ、私たちはイエス・キリストから、何とかしていただき続けたいものです。 

 


祈り 神様、人の幸せを親身になって願うことのない「悪い思い」を抱きがちな私たちを私たちに、人の幸せのみを願う良い恩いを与えてください。この祈り、主イエス・キリストのみ名によって御前におささげ致します。アーメン。

 

2011年8月28 日 西福岡教会説教 『悪い思い』とは?.pdf
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2011年9月11日 西福岡院教会説教     中川憲次


        説教題  「共に苦しむ神」 


 

 

聖書箇所 マタイによる福音書9章9節―13節


イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人人はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

 人が落ちぶれた時、その人はそこにおるかとも言ってもらえなくなります。あれほどちやほやした人々が、近付かなくなります。イエス・キリストは、そんな時の、その人の唯一の友なるお方です。それは本日の箇所を読めばよく分かります。収税所に座っていた徴税人マタイは、ファリサイ派の人々に「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言われた「(あんな)徴税人や罪人」呼ばわりされる最たる人物です。こんな者と食事を共にする人間など、当時、普通はいなかったのです。何故でしょうか。巻き添えを食うからです。私は老人ホームに時々行きますが、そこにはあまり人々に寄り付いてもらえなくなった人々が多くおられます。同じような年齢の人でも、世の中では企業のトップとか政治の中心などで活躍しているような人々は、下にも置かない扱いを受けています。そして、ふと気付くと、私自身、そのような人々をちやほやしがちです。そのように、ちやほやしたりされたりしている連中は、イエス・キリストが本日の箇所で仰っている「丈夫な人」です。そして、イエス・キリストは「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」と仰り、また「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」という神様の言葉を引用なさいます。 イエス・キリストは、この社会において丈夫でない人、健康でない人のところに行かれます。これは、勿論いわゆる病人を指す言葉ではありません。ここでいう病人とは、社会的に不都合な目にあわせられている人のことでしょう。徴税人や罪人は彼等の責任でそうなったのではありません。一所懸命に生きているうちに、そのような境遇に置かれたのです。何故そうなったのかをいくら詮索しても、それは不毛なことです。それは、ヨハネによる福音書9章で目の不自由な人を見かけた弟子たちが「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」とイエス・キリストに質問した時のイエス・キリストのお答えからも明らかです。イエス・キリストは「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」とお答えになりました。あの言葉こそ、本日の箇所の「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」という旧約聖書の言葉に通じます。百の詮索よりも、一つの愛の業が必要です。 イエス・キリストは丈夫な者に医者は要らないと仰いました。徴税人や罪人にこそ医者が必要だと仰るのです。ではイエス・キリストというお医者さんの治療法はどのようなものでしょうか。それは、ただ「一緒に食事をする」ということだけでした。共に座り、ご飯を食べることそのものが癒しの業でした。あなたが誰とご飯を食べるかで、あなたという人物が分かります。それは、あなたは誰の友ですかと問うのと同じです。一緒にご飯を食べるということは、一緒に食べる人の仲間になって、その人の背負っているものを一緒に背負うということになりかねないことです。ですから、私たちは一緒に飯を食うに足る人としか、飯を食いません。食事に招かれても、相手が気に入らない人なら体よく断ったりいたします。その意味で、イエス・キリストが罪人や徴税人と食事を共にされたのは、著しいことであり、正にこの事実そのものが福音です。 あなたや私が丈夫な者であるなら、医者なるイエス・キリストはあなたや私と共に食事の席についてくださいません。ここで言う病人とは、この世で苦しんでいる人のことです。「徴税人や罪人」と呼ばれていた人々は、当時苦しんでいたのです。イエス・キリストが彼等の食事の席につかれたというのは、ただ腹を満たしたり、食事に舌鼓をうったりしたのとはわけが違います。彼等と食事を共にするとは彼等と苦しみを共にするということでした。イエス・キリストはそのように共に苦しんでくださる神でした。 さて、様々の側面で、現代のこの世の中で痛み苦しんでいる私たちは、この場の徴税人や罪人と同じだと言えます。もしあなたが苦しんでいなければ、あなたほど不幸な人はいません。何故なら、苦しんでいないようなあなたとイエス・キリストは食事の席に共に座ってくださらないからです。この世の中で調子よくいっている人々、あるいは有名な人々と食事をして喜んでいるあなたが、もしクリスチャンだと自称したとしても、あなたはクリスチャンではありません。その時あなたは、この世の王に仕える、クリスチャンもどきです。反対に、そこにおるかとも言ってもらえず、世間の人々から見捨てられたようなあなた、あなたとこそイエス・キリストは食事を共にしてくださいます。あなたの貧しい食卓に、イエス・キリストは今日も共に座ってくださいます。さて、この礼拝に集っている私たちの中に、イエス・キリストを今晩の食卓にお迎えできる人が何人いるでしょうか。そして、どんなに豪華な料理が並んでいても、イエス・キリストが一緒に席についてくださらない食事の席の何と味気ないことでしょうか。 ここで、渕上毛銭という人の詩を読ませていただきます。毛銭は1915年(大正4年)水俣の生まれで、1950年(昭和25年)にカリエスで死にました。今日お読みしたいのは「もう題なんかいらない」という詩です。「俺は/俺といつしよに/死んでくれる神があるとは/思はない/俺は/俺ひとりで/死ぬだけでも/一苦労なんだ」(前山光則編、『淵上毛銭詩集』石風社、1999年刊より) この詩を読むと、如何に淵上毛銭が、一緒に死んでくれる神様を切実に求めていたかが胸に迫ってまいります。毛銭の言う「いつしよに/死んでくれる神」が、私はあると確信いたします。それは、ほかでもない、イエス・キリストです。「徴税人や罪人」の苦しみに代表される現代の私たちの悩み苦しみを担ってくださり、私たちと共に食事を共にしてくださるイエス・キリストという神様こそ、「一緒に死んでくださる」神様です。イエス・キリストはちょっと大学に合格させてくださる程度のちょろこい神様ではありません。日々のた打ち回りつつ生き死にしている私たちと共に、生き死にしてくださる共に苦しんでくださる神様です。また、この神様こそ、あの『夜』というホロコーストを描いた作品の中でユダヤ人作家エリ・ヴィーゼルが描き出した神様でもあります。すなわち、ナチの収容所を爆破したということで幼い少年が縛り首にされたのを見た誰かが「神さまはどこだ、どこにおられるのだ」とつぶやいたのを聞いた時、エリ・ヴィーゼルは心の中で「どこだって。ここにおられる―ここに、この絞首台に吊るされておられる」と叫ぶ声を聞いたというのです。本日の箇所で、徴税人や罪人と食事を共にされたイエス・キリストはナチスに理不尽にも殺されていった少年と共に絞首台に吊るされてくださる、共に苦しむ神様です。この「共に苦しむ神」なるイエス・キリストを、毎日、心していただきましょう。お祈りいたします。

 


祈り神様、私たちに、自分が如何に罪人や徴税人であり、病人であるかを思い知らせてください。そしてその自覚の極みで、私たちと共に苦しんでくださることによって私たちを癒してください。この祈り、主イエス・キリストのみ名によって御前にお捧げいたします。アーメン。

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2011年9月18日(日)西福岡教会説教       中川憲次

説教題      「損知らず」


聖書箇所 マタイによる福音書10章7―15節7 行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。 8 病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。 9 帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。 10 旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。 11 町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。 12 その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。 13 家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。 14 あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。 15 はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」


 本日の箇所には、イエス・キリストが弟子たちを伝道旅行に派遣するにあたってその弟子たちに与えられた言葉が記されています。これらの言葉の中で、本日は特に8節を取り上げます。8節でイエス・キリストは「病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい」と仰います。この言葉の中でも、特に「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」という言葉に着目したいと思います。そうです。この当時のイエス様の初代の弟子たちも、そして今ここに集っている私たちも、イエス・キリストに出会った者たちはみんな、イエス・キリストから、「ただで受けた」のです。クリスチャンとはイエス・キリストから「ただで受けた」ことを知っている人のことでしょう。 では、何を「ただで受けた」のでしょうか。それは、救いを「ただで受けた」のです。この点において、例えば、旧約聖書のヨブ記の主人公ヨブは似たことを言っていますが、勿論その言葉はイエス・キリストの言葉とは似て非なるものです。私は実は旧約聖書の中ではヨブ記を特に愛していますが、ヨブの言葉には限界を見ざるを得ません。ヨブは言っています。ヨブ記1章21節です。「私は裸で母の胎を出た。裸でそこへ帰ろう。主は与え、主は奪う。主のみ名はたたえられよ」。これは、ほとんど「男なら」というの歌の世界と同じことを言っているといえます。確か林伊佐緒が歌っていたのではないかと思います。「男なら 男なら 未練残すな昔の夢に もとをただせば裸じゃないか度胸ひとつで押して行け 男ならやってみな」もう一番聞いてください。ますますヨブに近づきます。「男なら男なら 生まれたときは裸じゃないか 死んで行くのも裸じゃないか生きている間の一仕事  男ならやってみな」 勿論、聖書は歌謡曲ではありませんから、「主は与え、主は奪う」という言葉が付け加えられてはいますが、裸で生まれ、裸で去っていくという発想は同じです。しかし、クリスチャンの発想は、ヨブとは違います。クリスチャンは一度生まれの人間ではないからです。これは、1800年代半ばから1900年代初頭にかけて活躍したウイリアム・ジェームズというアメリカを代表する哲学者であり心理学者であった人物の言ったことです。ジェームズは、クリスチャンには一度生まれ型のクリスチャンと二度生まれ型のクリスチャンがいると言います。一度生まれ型のクリスチャンとは、「健全な心」のままにクリスチャンになった人のことです。その「健全な心」とは、「苦悩を長びかせることが体質的にできないような気質で、ものごとを楽観的に見ようとする気質である」とジェームズは言います。反対に、二度生まれ型のクリスチャンとは「病める魂」を持ってクリスチャンになった人のことです。「病める魂」の方は、「私たちの人生では悪い面のほうがその真の本質をなしているのであって、世界の意味は、私たちが人生の悪い面を最も真剣に考えるとき、最も切実に感じられる、と確信する」ような魂です。すなわち、ジェイムズの言うところの「健全な心」を有する人間とは、「幸福になるためにただ一度の生誕だけで足りる」ような人間です。それに対して、「病める魂」を有する人間とは、「幸福になるために二度の生誕を必要とする」ような人間です。この「二度生まれ型」の人間における二度目の生誕は「回心」によって可能となります。このようなジェームズの考え方に対して、私はクリスチャンとは、全て「二度生まれ型」ではないかと思っております。もっと言うなら、「二度生まれ型」でなければ、クリスチャンとはいえないのではないかとさえ思っております。そして、イエス・キリストの弟子たちは全て二度生まれ型のクリスチャンであったに違いありません。そのことを確信するが故にこそ、イエス・キリストは8節の言葉を、弟子たちに向かって語られたのでしょう。そこには、「二度生まれ」が前提されています。曰く、「病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」イエス・キリストが考えておられる「ただで与える」内容とは、「病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払」うということにほかならないでしょう。だとすれば、弟子たちはそれまでの時点で、病気の癒しであるかどうかはともかく、何らかの悩み、苦しみからの救いの恵みをイエス・キリストから受けていたに違いありません。それは、正に弟子たちにとって「二度生まれ」の体験であったと言えるでしょう。ウイリアム・ジェームズの言うところの「二度生まれ型」の人間とは、言い換えれば、人生の途上で何らかの形でどん底の状態に陥ったことを自覚し、そのどん底でイエス・キリストに出会って救い出された人間のことにほかなりません。そのような人間は確かに一度は母の胎内から裸でこの世に生まれ出ました。しかし、その後、イエス・キリストの救いに与ったことにより、その人は最早、「裸で土に帰る」ことはありません。クリスチャンは、もはや裸ではありません。どんな人生の不幸も、その人からイエス・キリストの救いを、すなわち二度目の誕生の恵みを奪い取ることは出来ないからです。このようなイエス・キリストの救いの恵みの自覚の中で日々を過ごす人は、損ということを知りません。そのような人は、日々出会いの中で無償の愛を与え続けることができます。それは、ふと気付けばイエス・キリストと同じ日々を生きることになります。イエス・キリストこそ、私たちを救うべく、十字架について死ぬほどの損を全く知らない人でありました。私たちが、このイエス・キリストの御愛を忘れるなら、私たちは「損知らず」でなく「恩知らず」ということになるでしょう。私は、これまで数え切れない人のご恩に与りながら、その恩を忘れること甚だしく、絶望の声を上げて夜中に飛び起きるほどですが、そんな私の恩知らずは、イエス・キリストに対する私の恩知らずに較べれば高が知れています。そんな恩知らずの私の人生は、実にすがすがしさにかける人生です。私は恩知らずをやめて、損知らずになりたいと心の底から願います。そこで、思い出すのは聖歌 604番の「望みも消えゆくまでに」です。
①望みも消え行くまでに  世の嵐に悩む時数えてみよ主の恵み 汝が心は安きを得ん(くり返し) 数えよ主の恵み  数えよ主の恵み      数えよ一つずつ  数えてみよ主の恵み②主の給いし十字架を  担いきれず沈む時   数えてみよ主の恵み 呟きなどいかであらん(くり返し)③世の楽しみ 富 知識  汝が心を誘う時数えてみよ主の恵み 天津国の幸(さち)に酔わん(くり返し)
私たちの罪のために十字架につき給いし主の恵みを数えれば、最早、私たちの辞書に「損」という字はありません。私たちがこの身の全てを誰かに与えようとも、私たちには主イエス・キリストの救いの恵みが残ります。この恵みは、たとえ私たちが地獄の底に落ちようとも、それは、もし地獄というところがあるとしての話ですが、地獄の底まで私たちを離れません。それ故、地獄も天国です。一日の終わりに、その一日の損を数えて歯軋りする人生ほど空しいものはございません。地獄の底までも私たちを離れることのないイエス・キリストの救いの恵みに裏打ちされた、骨惜しみしない人生ほど豊かな人生はないでしょう。そのような人生へと、イエス・キリストは今日こそ私たちを背中をドンと押して送り出してくださいます。「ただで与えよ」と言って。


祈り「神様、イエス・キリストを私たちそれぞれの人生にお遣わし下さり、ただで救ってくださり有難うございました。そして、本日は『ただで与えよ』とのお言葉をくださり、有難うございました。この祈り、主イエス・キリストのみ名を通してお捧げ致します。アーメン。

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2011年9 月25日(日)西福岡教会礼拝説教        中川憲次

 

説教題      「私の私」

 

 

 

 

聖書箇所

マタイによる福音書7章24節―27節「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。

わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」  

 

 

マルティン・ハイデッガーというドイツの哲学者がいました。『存在と時間』という書物で有名です。その『存在と時間』の中でハイデッガーは「現象としての本来的自己」に対する「仮象としての世人的自己」ということを申します。「現象としての本来的自己」とは、本日のこの説教題の「私の私」ということだと私は思っています。本当の私と言ってもよいかもしれません。反対に「仮象としての世人的自己」とはこの世の中で何らかの役割を果たすことを期待されてその期待に何とかこたえて生きている私を指すといってよいでしょう。例えば、会社の何らかの部署でコンピューターに向かって日々働いているあなたは、まずは「仮象としての世人的自己」を生きていると言えるでしょう。そして、もしあなたが、給料のためだけにいやいやその仕事をこなす日々を生きているとしたら、正にあなたには「仮象としての世人的自己」しかないということになります。 ところで、以前ある新聞が青年の生活に対する考え方をアンケート調査した結果を載せていました。それによると、「社会的に偉くなりたい」とか「その日だけ楽しければよい」という人も1から2パーセントくらい入るそうですが、仕事の手ごたえも欲しいという人も多いようです。すなわち「物質的な豊かさは多少犠牲にしても、充実感のある人生を歩みたい」という人が相当増えてきているらしいのです。これこそ、正に「社会的に偉くなりたい」などという「仮象としての世人的自己」を増幅させようという道ではなく、「現象としての本来的自己」の充実を若者たちが目指している証拠でしょう。 先程お読みいただきましたマタイによる福音書7章24節以下27節までには、しっかりとした岩を土台として家を建てた人と、崩れやすい砂の上に家を建てた人が登場していました。「仮象としての世人的自己」の増幅のみを心する人生は、正に砂の上に家を建てた人のような人生でしょう。私たちは、是非とも岩の上に家を建てた人のような人生を歩みたいものです。 では岩の上に家を建てるような生き方とは、如何なる生き方でしょうか。それは、もちろん先程のみ言葉の中にちゃんと書いてありました。曰く、「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」 「わたし」と仰っているのは、もちろんイエス・キリストです。すなわち、岩の上に家を建てるような生き方とは、イエス・キリストの言葉を聞いて、聞くだけでなく、その意味するところを行う生き方です。ここで、言わずもがな、イエス・キリストが決定的に重要です。キリスト教の福音とは、そのイエス・キリストが私たち一人ひとりに与えられということです。どうかイエス・キリストをいただいてください。するとあなたの人生はしっかりした岩の上に家を建てたような人生になります。それは正に、「現象としての本来的自己」が充実する人生です。イエス・キリストに全てを明け渡すと、不思議なことですが、私たちの自己はなくなるどころか、むしろありありと充実いたします。そのようになる時、私たちはこの社会の各部署で自分自身をささげ尽くすように働きながら、私の私が充分にそこで活かしきられているというこの上なき充足を感じることができるでしょう。このようにイエス・キリストは、この世の仕事に100パーセント打ち込みつつ、同時に100パーセント自己を活かしきる生き方を、私たちに与えてくださいます。そのイエス・キリストが、あなたの心に生まれてくださいますようにお祈りいたします。さて、今申したようなことを、違う言い方で言っている人がいます。ナチの強制収容所で精神科医であった故にガス室で殺されなかったヴィクトール・フランクルという人が戦後間もなく出版した『それでも人生にイエスという』という書物に次のような言葉があります。「なにをして暮らしているか、どんな職業についているかは、結局どうでも良いことでむしろ重要なことは、自分の持ち場、自分の活動領域においてどれほど最善を尽くしているかだけだということです。活動範囲の大きさは大切ではありません。大切なのは、その活動範囲において最善をつくしているか、生活がどれだけ『まっとうされているか』だけなのです。各人の具体的な活動範囲内では、ひとりひとりの人間がかけがえなく代理不可能なのです。だれでもそうです。各人の人生が与えた仕事は、その人だけが果たすべきものであり、その人だけに求められているのです。」 ここにもまた、「現象としての本来的自己」を充足する道が示されていました。それは、「自分の持ち場、自分の活動領域においてどれほど最善を尽く」すという道です。イエス・キリストはそのような生き方をあなたにさせてくださるにちがいありません。 ところで、ハイデッガーですが、彼は立派なことを申しましたが、その実際の人生は残念ながら惨めな側面がありました。彼の人生の最大の汚点は1933年フライブルク大学総長就任と同時にナチに入党したことです。彼の党員番号は3125894番でした。即ちハイデッガーはナチに加担したのです。そして、彼が当時フライブルク大学総長として、ナチが期待するような振る舞いをしたのは事実です。彼は正に「仮象としての世人的自己」を生きてしまったのです。その時ハイデッガーの「現象としての本来的自己」はどこに行ってしまっていたのでしょうか。 ハイデッガーのことを言ってはおられません。だからこそ、私たちはこの社会の直中で己を捧げて働く日々において、私の私を生き切るために、何とか本日、クリスマスではありませんけれども、私たち自身の直中にイエス・キリストが誕生してくださることを祈りたいものです。

 

 

祈り

神様、本日この礼拝に集いしお一人お一人の中にイエス・キリストを誕生せしめてください。この祈り、主イエス・キリストのみ名によって御前にお捧げいたします。アーメン。

2011年9 月25日(日)西福岡教会礼拝説教「私の私」.pdf
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